はじめに:手柄は上司、ミスは私
若手社員の頃、社内報の制作を任されたことがあります。担当は私一人。レイアウトも取材も原稿も、全部抱えていました。当時の上司の口ぐせは、今でも覚えています。「うまくいったら俺の指導のおかげ、ミスったらお前の責任な」。冗談半分の言い方でしたが、半分は本気でした。原稿を出すたびに胃が縮む。校了の前夜は眠れない。あの頃の私は、仕事の中身よりも「叱られないこと」を最優先に動いていたと思います。
あの経験は、後に自分が上司の立場に立ったとき、ずっと頭から離れませんでした。「責任」と「権限」って、そもそも何なんだろう。15年以上、いろんな会社の中に入って社員さんの話を聞いてきましたが、この問いを本気で考えている経営者は、実はそれほど多くありません。今日はドラッカーの言葉を入り口にしながら、現場の景色とあわせてお話しします。
ドラッカーの一言:責任と権限は、同じ仕事の表と裏
ドラッカーは、責任と権限を「1つの仕事の2つの側面」と表現しました。教科書的な定義だと、責任は「果たすべき義務」、権限は「決めていい範囲」です。でも、これを別々の箱に入れて考えた瞬間、組織はおかしくなります。本当は、同じコインの裏表なんです。
言い換えると、こういうことです。決める権利を渡されていない人に、結果の責任だけを背負わせてはいけない。逆に、責任を負うつもりのない人に、決める権利を渡してはいけない。この2つが釣り合っているとき、社員さんは初めて「自分の仕事」として動き出します。釣り合いが崩れた瞬間、組織は萎みはじめます。
中小企業で一番よく見る歪み:責任だけ重い管理職
中小企業の現場に入ると、ほぼ必ず出会う光景があります。課長や部長といった肩書きはあるのに、決裁できる金額も、人を動かす権限も、ほとんど持たされていない管理職です。何かあれば「お前の責任だぞ」と言われる。でも、何かを決めようとすると「それは社長に確認してから」と止められる。これでは、責任を引き受ける覚悟が育ちません。育つのは「叱られないための言い訳の準備」だけです。
私が新人時代に苦しかったのも、まさにこの構図でした。社内報の中身については一切の裁量がなかったのに、ミスの責任だけは全部こちら持ち。あのとき私が学んだのは編集スキルではなく、「自分で決めない技術」だったかもしれません。考えてみてください。あなたの会社の管理職に、決める権利はどれくらい渡していますか?
権限を渡すとは、覚悟を渡すことではなく、覚悟を引き受けること
後年、自分が上司の立場になったとき、私は部下たちにこう伝えました。「この件はあなたが決めていい。何かあったら、最後は私が頭を下げに行く」。きれいごとに聞こえるかもしれませんが、これを口に出して宣言するのと、心の中で思っているのとでは、部下の動きがまるで違うんです。宣言された側は、初めて自分の足で歩き始めます。
権限委譲というと、「部下に責任を持たせる」というニュアンスで語られがちです。でも私の実感はその逆です。権限を渡すというのは、上司の側が「最後の責任を引き受ける覚悟」を先に決めることなんです。順番が逆になると、ただの丸投げになります。丸投げと権限委譲は、見た目は似ていますが、社員さんにはすぐ見抜かれます。
まとめ:上司が先に腹を決めること
責任と権限は、同じ仕事の表と裏です。バラバラに扱えば組織は萎み、揃えて渡せば社員さんは伸びます。難しい理論ではありません。難しいのは、上司の側が「最後は自分が引き受ける」と先に腹を決めることです。ここが決まれば、あとの仕組みは自然についてきます。
あなたの会社の管理職は今、責任と権限のどちらが重く、どちらが軽くなっていますか?片方だけが重くなっている人がいるなら、その人は今日も、決めない技術を磨いてしまっているかもしれません。
私の「社長専門コーチングサービス」では、こうした「責任と権限のバランスがどこで崩れているか」を、社長と一緒にひとつずつ棚卸しします。経営戦略・人事・財務という3つの柱を入り口にしながら、最終的にはいつも「社員のこと、誰に相談できるか」という話にたどり着きます。社内にも、家族にも、同業者にも話しにくい。その手前で立ち止まっている社長さんに、伴走する経営顧問でありたいです。
経営者の孤独は、消すものではなく、分かち合うものです。あなたの会社の話を聞かせてください。
#責任と権限 #組織運営 #ドラッカー理論 #経営者必見 #リーダーシップ #中小企業経営 #権限委譲 #部下の成長 #自主性重視 #組織文化 #社員のこと相談できる経営顧問 #経営参謀サービス #経営者の孤独 #マネジメント #信頼関係
サムネイルは ChatGPT で作りました。
