価格転嫁は「仕方なくやる守りの値上げ」ではなく、「自社の存在意義と未来を引き受ける攻めの経営判断」と考えてみてください

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「言えないんです、20年の付き合いだから」

先日、ある金属加工会社の社長さんと向かい合っていました。鉄もアルミも、電気代も、運送費も、すべてが上がっている。社員の給料は同業他社より良いはずだけれど人が来ない。そんな話を、ため息まじりに30分ほど聞きました。私は一つ質問しました。
「その上がった分、お客さまに伝えていますか?」
社長さんは少し黙って、首を振りました。
「言えないんです。20年の付き合いだから」。

この「言えないんです」の向こう側に、今の日本の中小企業のほぼすべての課題が詰まっています。賃上げができない理由も、若手が定着しない理由も、設備投資に踏み切れない理由も、たどっていくと最後はここに戻ってきます。今日はその「言えない」の正体と、政府が価格交渉を後押ししている今この瞬間を、どう捉えるか考えてみました。

価格転嫁を「守り」と思っている限り、値上げは切り出せない

多くの社長さんが、価格転嫁という言葉を「やむを得ない守りの行動」として受け取っています。原材料が上がったから、仕方なく。人件費が上がったから、申し訳なく。言葉の頭に「すみませんが」がつく交渉です。これでは、交渉の席に着く前から負けています。

考えてみてください。社長さんが「すみませんが、少しだけ上げさせてください」と切り出した瞬間、相手側は「では、どこまで削れるか話しましょう」の姿勢で応じます。
謝りながら始めた交渉は、必ず値引き交渉に終わります。一方で、社長さんが「この価格で続けていたら、5年後にこの品質はお届けできません」と言い切った瞬間、相手は初めて「ではどうするか」を一緒に考える側に回ります。同じ値上げでも、入り口が違うと出口がまるで違うのです。

謝れば引かれる。腹を決めれば考えてもらえる。

政府が後押ししている「今」の意味を、正確に受け取る

中小企業庁は価格交渉促進月間を設け、パートナーシップ構築宣言を拡げ、適切な価格転嫁を促す指針を何度も発信しています。大企業側にも、取引先の原価上昇を拒否すれば公表されるという、それなりに重い仕組みが用意されました。国がここまで前面に出て「取引価格を見直せ」と言うのは、戦後の中小企業政策の歴史から見ても、かなり踏み込んだ段階に入っています。

この追い風を、単なる補助金や相談窓口と同じ感覚で受け取ってはいけません。これは「国が値上げの言い訳を用意してくれている」という話ではないのです。本質はその逆で、値上げを切り出せない会社は「値上げをしないことを選んだ」と市場から見なされます。追い風の下で動かない船は、向かい風の下で動かない船より怠慢に見える。この変化が、今いちばん重要なところです。

中小企業にとっての本質:価格は、経営者の自己申告である

価格というのは、結局のところ「提供している価値をいくらだと思っているか」の自己申告です。コストから逆算した数字ではありません。ましてや相場でもありません。「この技術、この納期、この品質に、これだけの対価を受け取るに値する」と社長さん自身が腹の中で決めた金額が、そのまま見積書に出ます。社員の給料もそこから決まります。社員の家族の暮らしもそこから決まります。

だから価格交渉は、取引先との交渉である前に、社長さんご自身との交渉です。自分の会社の値打ちを、自分がいくらだと認めているのか。そこが曖昧なまま相手の前に座れば、相手も正確な値段をつけようがありません。値上げを切り出せない社長さんの本当の苦しさは、相手が怖いことではなく、自分の会社の値打ちを自分で言い切れないことなのです。

私が15年以上、社長さんたちと向き合ってきて感じるのは、この一点に尽きます。会社の価格は、社長さんの覚悟の現れである。

実務でどう考えるか:値上げの前にやるべき、3つの自問

明日にでも取引先に電話をかける前に、社長さんご自身でこの3つを書き出してみてください。

一つ目。この価格を維持したまま3年経ったとき、うちの会社は誰にどんな迷惑をかけるか。社員か、社員の家族か、既存のお客さまか、取引先そのものか。「このままでは続かない」を、具体的な誰かの顔で言えるようにしておく。
二つ目。うちが今の仕事を受けられなくなったら、取引先はどれだけ困るか。代替先はあるのか、品質は同じか、立ち上げに何ヶ月かかるか。自社の存在価値を、相手の損失の側から測り直してみる。
三つ目。値上げを受け入れてもらえなかったら、うちは何を手放すのか。量か、品目か、納期か、その取引先そのものか。「譲れない一線」を、交渉の前に自分で決めておく。

この3つが言語化された社長さんは、交渉の席で言葉に詰まりません。語気を荒げる必要もありません。淡々と、しかし一歩も引かずに話せるようになります。あなたの会社では、この3つのうちどれが一番答えづらいですか?そこが、実は一番取り組むべき経営課題の入り口です。

最初の一歩:「値上げをしない理由」を、社内で棚卸しする

取引先に話す前に、まず社内でやるべきことがあります。それは「うちが値上げを切り出せない理由」を、幹部と一緒に全部書き出してみることです。20年の付き合いだから。今後の発注量が減るのが心配だから。社長自身が昔からの恩義を感じているから。どれも人間として正しい感情です。でも、書き出してみると気づきます。そのほとんどは、会社の話ではなく、社長さんご自身の感情の話だということに。

会社を守るための判断と、自分の感情を守るための判断は、似て非なるものです。ここが分けられると、価格交渉は驚くほど静かな仕事になります。社長さんが感情の荷物を降ろした瞬間、交渉は「戦い」ではなく「お互いの持続可能性をすり合わせる対話」に変わります。政府の後押しは、この対話のためのテーブルを整えてくれている、と受け取るのが一番正確な理解です。

まとめ:価格交渉は、未来の社員への約束である

適切な価格を受け取ることは、誰かからお金を奪う行為ではありません。社員の来年の賃上げ、再来年の設備投資、5年後の新人採用、10年後の事業承継。そのすべてが、今月の見積書の数字の中に入っています。値上げを先送りにするということは、未来の社員との約束を先送りにするということです。

政府が背中を押している今この瞬間を、「値上げしやすい追い風」と読むか、「腹を決めるべき潮目」と読むか。景色の受け取り方で、5年後の会社の姿はまったく違うものになります。
商品サービスの価格は、社長さんの覚悟を正しく映していますか?
映していないとしたら、どこがズレていますか?
その問いから、目を逸らさずにいられた社長さんだけが、次の10年の経営の舵を握れるのだと感じます。

私の「社長専門コーチングサービス」では、「値上げを切り出せない」の奥にある、社長さんご自身の感情と経営判断を、一つずつ丁寧にほぐしていきます。
経営戦略・人事・財務の3つを入り口に、最後はいつも「社員のこと、誰に相談できるか」という話にたどり着きます。社内にも、家族にも、同業者にも話しにくい。その手前で立ち止まっている社長さんに、伴走する経営顧問でありたいです。

価格の話は、突き詰めればいつも「社長さん、あなたは自分の会社をどれだけ大事にしていますか」という問いに戻ってきます。その問いを一緒に考えたい方は、ぜひ一度お話を聞かせてください。

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この記事を書いた人

大本佳典【公式】 / Yoshinori Oomoto
おおもと経営オフィス 代表
1993年より企業経営に携わる、「経営者の心に寄り添う経営コンサルタント」
[経歴と実績]
経営戦略立案、融資サポート、ビジネスコーチングの専門家。年間のセミナーなど登壇回数は100本超え。
北海道中小企業総合支援センター登録専門家、北海道商工会議所連合会エキスパートバンク登録専門家、北海道商工会連合会エキスパートバンク登録専門家として活動。
[趣味]
美味しい料理と日本酒を楽しむこと、写真撮影。
北海道を愛車の MINI COOPER で走り回ること。年間走行距離は30,000km超。
[ブログについて]
経営者の皆様に寄り添い、実践的なビジネス戦略や心構えについて発信してます。
失敗と復活を経験した視点から、北海道の企業の成長と発展に少しでも貢献できたら嬉しいです。

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